サーティンキュー

カルトはどうして集団自殺という結果になるのか?





★戦前の日本は天皇を「肉体を持って現れた神」として妄信し崇拝する世界であった。しかし戦前の日本の最後は集団自殺の一億総玉砕となった。カルトとはウソの神を信じる者たちの組織であり、カルトが集団自殺することはよくあることである。例えば、以下の三つの組織。



1、人民寺院の集団自殺


2、太陽寺院の集団自殺


3、ヘヴンズ・ゲイトの集団自殺




★ウソの神を信じる者たちは「 集団自殺に追い込まれる 」。これは法則のようなものなのかもしれない。憲法を改正して天皇を現人神に戻すことを安部自民党をしているが、それは戦前の日本人の集団自殺に再び回帰する道だ。



★明治天皇からはキリシタン天皇である。そしてキリシタンはイエスキリストのゴルゴダの丘での十字架の磔の意味が全く間違った解釈であるがゆえに、殉教死の美学を持って、積極的に死んでイエスキリストのいる天国に行こうとする。イエスキリストは存在しないが。妄想の神のために殉教死することは全く愚かな行為だ。



★天皇が明治の時と同じく現人神に戻ると再び「 天皇のために死ぬことが正しい 」という思想が蘇るだろう。しかしそれは鬼がウソの神を信じる者たちをそのように追い込んでいる!とも鷲は思っている。



★今、芸能人や政治家たちの発狂現象が話題になっているが、そろそろカルトの集団自殺現象も起きてくるだろう。なぜウソの神を妄信すると集団自殺に追い込まれるのか?その辺を書いていきます。







1、カルトとは鬼が人間に与えた試験(鬼門)である!




★日本人にとって集団自殺は遠い世界ではない。戦前の神風特攻隊はヒロポン(覚醒剤)を飲んで、天皇の国である日本の勝利のための自爆テロをやらされたり、一億総玉砕という名での日本人の集団自殺現象となった。それは天皇の意志か?表向きはそうだが、鬼が日本人全員を総玉砕に追い込み、ヒロヒロのヒロの広島とナガコのナガの長崎に原爆を落とした!と鷲は思っている。



★ウソの神を妄信すると集団自殺に追い込まれる!ということだろう。信仰があたかも美徳のように言うのは、キリスト教(それ以外のカルトでも)がイエスキリストと妄信する信者によって出来ているからだ。現在の日本においてキリスト教の影響は凄いものがある。平成天皇はキリスト教徒だと鷲は観察している。



★様々なカルトが世界にはある。全てのカルトが集団自殺しているわけではない。しかし狂信を土台とするカルトは集団自殺に陥りやすい。信者たちはいつから「 信じたのだろうか? 」。信じた時から思考停止に陥る。そしていつのまにか教祖以外は目に入らなくなる。



★そして教祖の命令が絶対となる。田舎に教祖村を創って入村した信者たちには逃げ道がなくなる。カルト教祖とは何かにとり憑かれている者である。鷲は前から、政治家には誰でも成れるが、カルト教祖には誰もがなれない!と言ってきた。



★それはカルト教祖は「 何かに憑依されている 」からである。その憑依の力で信者たちを集めているからだ。理論で集めているのではない。教祖の背後の何かの力によって信者が寄ってくるのだ。



★1980年代、自分を神だと宣言する3人のカルト教祖が出た。最初に五井野正、次に大川隆法、三番目に麻原彰晃である。五井野正の正体は鷲が明かした。大川隆法の正体も鷲がやろうと思えばやれるが、それは元信者がやることである。



★元信者が大川の正体を明らかにした時、栄光はその元信者に降り注ぐ。そして麻原彰晃は1993年あたりにテレビに出て、ビートたけしが大絶賛していた。創価学会の池田大作の正体を明らかにしたのは創価学会の元信者のみである。藤原弘達が明らかにしたわけではない。



★一度、池田大作に心酔した者たちに池田大作の正体を明らかにする特権が与えられ、正解なら鬼から大きなプレゼントを受取ることができるのだ。



★ビートたけしは1994年に顔面崩壊事件を起こすが、それは麻原彰晃を大絶賛したバチが当たったと鷲は考えている。ビートたけしの顔面崩壊を見ても解るように、ニセ神を無知ゆえに褒めることは命にかかわることになる。藤原弘達が池田大作を批判してもダメ。



★サヨクが宗教を批判してもダメということ。江川紹子がオウムを批判してもダメ。サヨクは宗教の反動から誕生したからだ。彼らの宗教批判は、自分の考えではなく、サヨク教義に従っているにすぎないからだ。



★鬼の門と書いて「 鬼門 」と漢字の2字で表現する。カルトは鬼が人間に与えた試験であるのだ。カルトを創っているのも実は鬼だ。そして妄信すると集団自殺に追い込む。しかし勇気と日々の探求心を持続し、その教祖の真実を暴露すると、鬼から大きなプレゼントを得る!そのように鷲は思っている。なぜならそのことを体験しているからだ。








2、イエスキリスト妄想がカルトの親玉である!



INRI



★空海は存在した。日蓮は存在した。法然や親鸞も実在しただろう。彼らの書いた文筆が残っているから。しかしモーゼはいたのか?イエスキリストはいたのか?これが怪しい。イエスキリストを盲目的に信じる人間は愚かである。聖書とは改竄に改竄された文章であること、そして聖書を書き写す時、かなり間違って書き写してそのまんまに放置してきた、という事を知らねばならない。



★イエスキリストは存在したのか?ここから始めなければならない。存在したなら証拠はあるのか?十字架に磔になった証拠は?処刑された三日後に復活した証拠は。それらの証拠は実は全くないのである。キリスト教徒の信仰がイエスキリストを存在した!という妄想を形成しているだけだ。



★結論を言えば、イエスキリストは存在しなかった!と鷲は思っている。十字架の磔は日本で言えば、葬式の儀式と火葬で表現されているからだ。イエスキリストが存在した!という妄想は、325年にニケーヤ会議や397年のカルタゴ会議で、民主的な議決で決まったのだろう。



★新約聖書は古代、全てギリシャ語であった。そこに記述されるのは、イエスキリストの処刑の時間は正午6時から午後9時。6から9のあの暗号である。従来、イエスの十字架の磔の頭上にある「 INRI 」は「 IESUS   NAZARENUS   REX   IUDAEORUM 」の四つのラテン語の頭文字とされ、その意味は「 ユダヤ人の王、ナザレのイエス 」とキリスト教徒は信じている。



★しかし鷲はINRIの意味を

Iはignis(イグニス)であり、意味は「火」


Nはnatura(ナチュラ)であり、意味は「自然、生まれる、真実があるがまま」


Rはrenovatur(レノバトゥ)であり、意味「再生、新しく、修復、変換」


Iはinteguraの(インテグラ)であり、意味は「完全な、完成された、新鮮な,健全な、潔白な」


 この四つのラテン語の頭文字だと考え、その意味は「 すべてのものは火によって変換される 」、或いは、「 火の変換によって完成されたものになる 」という意味で、INRIの意味を鷲は理解している。



★イエスキリストが正午6時から午後9時に33歳で処刑され、3日後に復活する。死んでから復活する者をみたことがないが、キリスト教徒は1600年間、そのように考えてきたのは、キリスト教徒にシンボルを解読する頭脳が全くないためだ。



★33歳で処刑されて3日後に復活するとは3+3+3は「 9 」である。「 9 」の意味は太陽神と一体化した者である。



★新約聖書とはグノーシス文書であった。グノーシスとはギリシャ語で「 知識 」。サンスクリット語に換えると「 ハンニャ(般若) 」である。当時、グノーシス文書は80以上もあったが、キリスト教の長老会議で4つに絞られた。



★グノーシス主義者とキリスト教徒が違うのは、グノーシス主義者はシンボルを解読する者であること。しかしキリスト教徒は妄想のイエスキリストと聖書の文字を妄信するだけの存在である。グノーシス主義者は謎を解くシャーロックホームズであるが、キリスト教徒は謎を解かない。信仰によって謎がキリスト教徒から隠れてしまっているからだ。信仰によって真実のなにもかもが隠れてしまったからだ。



★イエスキリストとは人間が創った神である。古代の伝説を基本にしてキリスト教の指導者がイエスキリストを創作した。そして彼らキリスト教の指導者たちは、スーパースターのイエスキリストを妄想で仕立てあげて、信者たちに崇拝することを仕向けた。



★しかし彼らキリスト教指導者のただの一人も、イエスキリストの十字架の意味を正確に解読できなかった。十字架の磔、頭上のINRIという文字には通常に言われる意味とは全く別の意味がある。あのイエスの十字架像は鬼から来た芸術作品である。



★獣人の6が火によって燃やされ、太陽神と結びついた9に生まれ変わる!それがあの十字架のイエス像の本当の意味である。あの十字架のイエスキリストは全ての人間のことだ。数字の六の人間のことだ。そして数字の6の人間は死刑にされ火で燃やされる。しかし三回目の三位一体が実現した者は、太陽神と結びついた9の者として再生する!ということを表現している。



★キリスト教徒は毎日、INRIを頭上にする十字架のイエスキリストを拝みながら永遠に真の意味は解らない。それは「 信仰という精神病 」によってシンボルを正確に解読しようとする努力をしないからだ。このキリスト教信者のような存在が、全てのカルト信者であり、彼らの頭の中にある「くす玉」は永遠に割れることがない。



★何も解らず火で燃やされ死んでいき、「 9 」に絶対に成れない存在が、キリスト教信者やカルト信者たちであるのだ。信仰ではなく、真実の真剣な探求こそが、頭の中の「くす玉」を割るのだ。十字架のイエスキリスト像の意味は、「 数字の6の人間の死体 」+「 フェニックス(不死鳥) 」である。両手を広げているところが、ファニックス(不死鳥)が翼を広げるている表現であるのだ!





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補足


★鷲が「 鬼 」という時、それは本物のカミのことを言っているわけで、ユダヤ教、キリスト教、カルト、が言っている「 人間が創作した神 」とは分けている。ユダヤ教もキリスト教も人間の創作である。



★しかしユダヤ教とキリスト教の創作の元には本物の聖典があった。旧約聖書の種本はバビロンの「 ベルの目 」である。粘土版に書かれた聖典であった。ベルとは旧約聖書の申命記に出てくるヤハウェの敵であるバアルのことだが、バアルという鬼は本物で、旧約聖書に記述される唯一神のヤハウェと預言者モーセは人間の創作である。



★新約聖書の元は80以上あったグノーシス文書である。グノーシス文書は鬼が人間に与えた聖典だが、キリスト教はその80のグノーシス文書を4つに絞り、改竄して現在の形になっている。



★そしてイエスキリストの十字架の磔の像。頭上にINRIの4文字がある像。あれは鬼から人間に与えられたものである。しかしキリスト教徒はキリスト教の成立から1600年間、あのシンボルの意味を解釈できず、別のウソの物語を作り上げ、人間を迷宮の中に陥れている。



★空想のイエスキリストを拝むのではなく、自らが数字の6の獣から、数字の9の九鬼(クカミ)に成ることを意味するイエスキリストの十字架の磔の像だが、キリスト教徒である限りは、シンボル解読の正解は無理だ。精神の病気の信仰があるからだ。



★さて鬼から来たイエスキリストの十字架の磔の像の意味、INRIの意味を今回は正しく説明できたと思う。キリスト教成立から1600年間、あの十字架の意味を正解を出した者はいなかった。鷲の「 6から9 」の解読は、世界初だと自負している。なぜイエスキリストが正午6時から午後9時に処刑されたのか?



★そこに1600年間、誰も注目しなかった。日本語の新約聖書だと正午12時から午後3時の処刑なので、暗号が破壊されているが。鷲はキリスト教徒ではなく、鬼道の者であり、グノーシスの者である。



★鷲の先生のミゲルネリも聖書を見抜ける知力がなくて、神経の病気になって死んでしまった。サマエルアウンベオールとミゲルネリの間違いは、聖書を信じたことである。聖書に真実が書いてあると思ってしまうと、牢獄に入り、神経の病気になって死ぬことを二人から鷲は学んでいる。聖書を信じた人間の全てが、牢獄に入り、神経の病気で死んだわけでもないがなwww



★さて今回はこれで終わり。イエスキリストの十字架での磔のシンボルの解読の正解を出した!と鷲は思っている。イエスキリストがどうして正午6時から午後9時に処刑されたのか?その暗号を鷲が解いたから、あのシンボルの意味を解読できたのである。







 完


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by xuzu9851 | 2017-07-06 14:36 | Comments(0)
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