サーティンキュー

2017年 04月 28日 ( 1 )


中上健次と沢木耕太郎について








★今、久しぶりに19歳の頃に読んでいた中上健次の「鳥のように獣のように」と、沢木耕太郎の「地の漂流者たち」をチラッと見ている。鷲の19歳の頃は、彼ら二人は鷲にとってはスターであったが、今はそのようには、当然ながら全然思っていない。



★サヨクの時代の若者の知的リーダーだったのが、彼ら二人である。しかし鷲は日本で初めて、ナチスを解読してナチスヒトラー支持である。時代はどんどん変わっていくし、常に新しく学び、白い月の世界の意識にしなければならない。思考停止は老人への転落という破滅の門である。



★芥川賞作家の中上健次は文学を解っていたのだろうか?彼の知識はまとまってない。中上健次とは知識があるような偽装が成功した一時的なカリスマだった。あの1970年代では。マルクス崇拝だし膿~。土方という労働者で芥川賞というのは、マルクス主義的世界が支配していた、あの頃の日本では、今の又吉のように「時代と寝ていた」ということか膿~。中上健次がいたからビーとたけしが出現してきたのだが。



★拝金主義とマルクス主義はどっちが正しいのか?どっちも間違っているが、鷲としてはマルクス主義で今のバカ金持ち成金を六殺し(ロクゴロシ)する方がスカッとする感じwww



★懐かしい、中上健次と沢木耕太郎という作家の正体を、書いていきます。







1、中上健次全発言集




★「中上健次全発言集ⅠとⅡ」という集英社から出ていた本が鷲のバイブルだった時がある。それは19歳から21歳くらいの頃である。この本の内容があの当時で読んだ本で一番深い内容だったと鷲は今も感じているのだ。



★若き中上健次が文学者や歌手や映画監督と対談する本なんだが、今のタレント本とは違う。18歳から5年間、東京で一切の労働はしないで、フーテン生活をしてきたのが中上健次だ。カネは親からの仕送りだけ。やっていることは、ジャズ喫茶に行って、ジャズを聴き、マリワナ、エファドリン、ハイミナール、ドローラン、その他の薬物をやっていたのが18歳から23歳までの若きフーテンの中上健次だったのである。アル中であり重度の薬物中毒の若者だったという立派な方が中上健次先生でしたwww



★フーテン道をキッチリやって芥川賞作家wwwというのが中上健次であったのだ。フーテンやヒッピーという言葉、そしてその意味を日本人は全く忘却してしまったが。つまり中上健次は【 フーテン代表の芥川賞作家 】だったわけ。



★1970年代前半のフーテンもシャーマンだった?かもしれなかった。中上健次を見ていると、そのような感じるがする。1970年代前半の時代。【 男は仕事 】という洗脳を日本人が受けたが、フーテンはその180度逆。一切の労働を拒否する。そしてそのフーテンの中から芥川賞作家の中上健次が誕生したのだ。



★「 男は仕事が命 」で洗脳され、その人生の末路は、老人ホームで虐待されて死ぬ。それが魂(太陽)と霊(白い月)を失った団塊世代の日本人の末路である!その表のスローガンを一切拒否した中上健次の一瞬の栄光は、太陽神がもたらしたものだったと思う。一切の労働を否定したフーテンの一瞬の栄光、それが中上健次だったのである!










2、深夜特急をしても何も見えない




★沢木耕太郎の本の中で一番好きなのは、処女作の「地の漂流者たち」である。その目次には

防人のブルース

この寂しき求道者の群れ

性の戦士

いま、歌はあるか

単独復帰者の悲哀

灰色砂漠の漂流者たち



★自衛隊、アングラ演劇、ピンク映画、歌、沖縄、若者と仕事、1970年代前半の若者の生態を見事に描いている。今考えると、1970年代と今はあんまり変わってない!と感じる。沢木耕太郎が接触していた若者たちは、現在、70歳以上の老人となっている。



★団塊の世代は、若き時は若さの悩みがあり、老人になると深刻な苦悩の時がくる。もっとも認知症やボケれば、悩むこともできなくなるが。団塊の世代とは哀れな存在である。これでは「天皇陛下万歳!」と叫んで死んだ戦前の若者たちの方が、幸福だったかもしれない。



★OSS(米国戦略情報局)が創った戦後日本は、太陽神と分離した国であり、若い時から老人になっても死ぬまで「灰色砂漠の漂流者たちの群れ」である。だから出口は鬼(バアル)しかない!と再確認した。



★魂(太陽神)と霊(白い月)を失った人間は最悪の「夜の果ての旅」を永遠にする。その結果は破滅である。認知症やボケ老人とは破滅した人間の姿だ。沢木耕太郎は現在を生きる人間の生態を描いただけで、常に出口は導かない。だから彼の作品は救いにはならない。しかし現実を知る材料にはなるだろう。



★人間の生きる目的は鏡餅に表現されている。太陽(魂)・白い月(霊)・地球(肉体)の一体化。深夜特急で海外を放浪の旅をしても何も見えてこないが、人間の生きる目的は誰でも知るあの「 鏡餅 」にある!と知る日本人はどれほどいるのか?そして日常にある誰でも知っているシンボルに人間の生きる道があるのだ。深夜特急をしても何も見えてこないのは、沢木耕太郎の現在を見てれば解ることだ。
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補足


★中上健次も沢木耕太郎もすでに過去の作家である。中上健次を知ってる若者はあまりいないだろう。彼の本を読んでもつまらんし。しかし中上健次は一時期、ビートたけしが神のように崇めていたカリスマだったのである。ビートたけしの毒舌は中上健次の影響から来るものである。



★注目すべき点は中上健次の18歳から23歳までである。その頃の彼は学校には行かず、しかし実家からかなりの額の仕送りがあり、それでジャズ喫茶に行き、薬物にハマっていた。典型的なダメ若者なんだが、あの当時、フーテンが日本では注目されていたから彼のような存在も許されていたのかもしれない。



★フーテンから時代のカリスマになったのが中上健次で、日本の文化人や世界の文化人と対談していた「日本代表の知識人」に登り詰めた。それにしても若者の時、一切の労働をしないで、学校通いもしないで、薬物中毒に嵌ったダメ若者が異常な出世したことが面白いwww



★フーテンをしていただけに有り余る時間を読書に費やしていた成果であろう。だから19歳の頃の鷲から見て、日本最高の知識人は中上健次だったのだ。恐るべきフーテン。



★それに比べて沢木耕太郎は優等生であった。横浜国大を出て、20歳代の前半でルポライターとして脚光を浴び、深夜特急の大ヒットもあった。しかし鷲の評価では3流作家である。中上健次も3流作家にすぎないが、中上はその当時の評論家の中でトップであった。



★中上健次も沢木耕太郎も忘れ去れたのは、彼らの言論が今は通用しないからだ。当時だけ通用した言論。が、中上健次の方が、フーテンから日本一の知識人に登り詰めた時があったので面白い存在だと鷲は思っている。








 完


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by xuzu9851 | 2017-04-28 22:15 | Comments(0)