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源氏の正体 ~ 源義経が率いたツングース軍が世界帝国・元になった鴨!?





★世界帝国の唐が滅びると藤原氏が支配する日本の平安時代も終わり、次に世界帝国になったのはジンギスカンのモンゴル帝国である。モンゴル帝国が世界帝国になった時、日本は源頼朝を初代征夷大将軍とする鎌倉幕府が支配した。さて、モンゴル帝国は元とも言いゲンと発音するが、源という漢字もゲンという発音である。源氏の正体とは何か?源氏とモンゴル帝国の元(ゲン)は同じ種族だったのか?





1、日本で起きることは世界で起き、世界で起きることは日本で起きる。




★昨年の2014年7月の後半、佐世保の高1の少女が同級生の首を切り落とすという事件が起き日本人は衝撃を受けた。その約半月後、イスラム国が米国ジャーナリストの首を切り落す動画をネットで流して、世界は衝撃を受けた。首を切り落とすという事件は日本の方がわずかに早かったが、高1少女とイスラム国は全く関係がないが、どうして類似する事件が起きたのか?



★世界と日本は同じ動きをする。唐が世界帝国の時は唐から来た藤原氏が日本を支配し、19世紀に英国が世界を支配すると、英国の傀儡の長州政権が日本を支配し、20世紀に米国が世界を支配すると、米国の傀儡の自民党が日本を支配する。



★それなら、世界をジンギスカンのモンゴル帝国が支配した時、日本は鎌倉時代であり、源を氏(うじ)とする武士たちが日本を支配したが、その『 源 』という漢字はモンゴル帝国を『 元 』と呼ぶときと同じく、『 元も源もゲンと発音する漢字 』である。それは唐がトーと発音し、藤原氏の藤もトーとも発音することと同じである。源を氏(うじ)とする武士達は元(モンゴル帝国)と同じ種族(ツングース)だったと鷲は推理する




 唐が世界を支配 → 日本は藤原氏が支配。藤は唐の発音と同じくトーとも発音する。

 モンゴル帝国の元が世界を支配 → 日本は源を氏とする鎌倉時代の武士が支配。元も源もゲンと発音する。





★明治からの日本史の最大の呪縛は、古代から現在まで日本人は天皇を崇拝する一度も侵略されたことのない日本列島内だけの単一民族であり、単一民族が、同一の地域の今の日本列島の中で生活してきて、天皇はもちろん日本列島から誕生した者であり、藤原氏も平家も源氏も全て日本列島から誕生した者である!という呪縛である。日本列島の外からやってきた外人が日本の王とか貴族には絶対に成れない!という強力な呪縛である。



明治以来の日本史が一番隠したかった最大のタブーは、天皇が朝鮮半島からやってきた侵略者から始まったという歴史の真実を隠したかったのであり、今の百済系の南朝系天皇が百済滅亡後、朝鮮半島から日本列島に逃げてきた亡命者の子孫だったという真実も隠したかった。そして藤原氏こそが7世紀後半からの世界帝国・唐からやってきた唐の属国日本の管理人だった!という真実を隠したかった。明治以来の日本史は天皇は日本列島の紀元前660年の古代から存在する王朝!という嘘を中心に構成されていて、それに反する歴史的出来事はタブーとされている



しかしこのタブーを破れば日本の歴史の真実が見えてくる。日本は天皇も藤原氏も平家も源氏も、皆、日本列島の外からやってきた外人だったという真実が見えてくる。日本列島は外人がやってきて天下を取る!というパターンがいやに多いという真実である




★歴史は偽造されている状態が普通である。どこの国の歴史もその時の権力のために尽くすものである。我々は小学生の頃より、日本史を習い、日本史は研究されつくした分野だと錯覚している。そして日本史を疑うことの出来る者は強靭な知性がある者である。




明治時代はどうして「朝鮮人の迫害」があったのだろうか?それは明治政府の日本史創作という大問題に発するものだ。朝鮮には日本列島の天皇の起源は朝鮮半島から侵略した王家がなったという古代書が残っていたのである。日本列島では全て焼き尽くしたのであるが、口伝として残っていたということもあっただろう。明治の天皇教という英国製品の新興宗教で日本人大衆を精神支配する!というキリシタン国家の変形神道の明治政府は、朝鮮半島の古文書と朝鮮人の口伝から来る朝鮮人のアタマの中の記憶が最大の敵であった。だから朝鮮人を大日本帝国は迫害したのである!






米国は英国が母国だと自覚しているが、日本史は日本が唐・新羅・百済が母国だという記憶を一切捨て去るための偽造歴史である。桓武天皇が編み出した古事記・日本書記・続日本紀・新撰姓氏録・万葉集は百済天皇(南朝)が正統だと思わせようとした偽書郡であり、その偽書郡を政権が変わるごとにさらに偽造した。さらに明治政府は過去を一切捨てて、明治維新から一からやり直した歴史を創作し、一神教の現人神の明治天皇を創作した。もちろんそれは英国の意向であるが。どうして英国はそのような歴史を創作したのか?その論考は後でするとして、『 源氏の正体 』に戻ることにする。






2、平安貴族の源氏の物語は南朝天皇の百済(扶余)貴族の物語。貴族の源氏と鎌倉の源の武士は全く血統的には関係がない。武士の源氏はアーリア人とインド人の混血のクシャトリア民族のグプタ王朝の騎士団が始まり!



★源氏とは何か?それはネットで『 源氏 』で検索するとパッと出てくると多くの人は思っているがそれは間違い。ネットで出てくる源氏の情報は偽造した歴史の情報である。その発想だと初代天皇は架空の神武天皇ということになり、桓武天皇が編み出した偽造歴史書の魔界、また明治維新のときに、英国と長州が創作した嘘歴史の迷宮の中に陥ってしまうのだ。そして魔界と迷宮の奥にいるミノタウルスという怪物に食われて死んでしまう運命となる。



★鷲が書くことは全く違う『 源氏の正体 』であるが、それは鹿島史学を土台とした新鹿島史学の松重楊江の『検証!捏造の日本史』などを参考にする。松重氏の論考を土台としてさらに深く『 源氏の正体 』を掘っていくことにする。



現代の歴史探求では鹿島昇・松重楊江が一番深く鋭い。全く駄目なのが飛鳥昭雄の学研ムー妄想キリシタン一派の糞歴史観である。もちろん、バカ学者の書いた本や学校やNHKでやっているのは偽造歴史である。鹿島昇・松重楊江氏を基本にして鷲はさらに深く掘っていこうと思っている。



★『 源氏の正体 』を探求する鷲の武器は鹿島昇、松重楊江の本、そしてPC検索と鷲の直感である。そこで『 源氏 ツングース 』とPC検索してみた。すると八止夫作品集『 1079日本意外史 』というのがトップに来る。その文章を読んで驚いた。【 源と元の音読みが、どちらも同じであり、それに源氏の笹竜胆の紋にそったマークをジンギスカンが用いていたから、源義経は衣川館で討死したのではなく北海道へ渡り、そこから大陸に入って、ジンギスカンになったのである。という説が、大正時代に発表された。 】という最初の文書に驚いた。



★鷲が発見したと思っていた【 源 】と【 元 】の発音が同じだから、ジンギスカンも源義経もモンゴル人(ツングース)という説の閃きは、鷲独特のものでなく大正時代にすでに発表されていのか~!とただ驚いたwww こっちはマジで新発見したと思ったゾイ。まぁ~いいわな。今は八切止夫の文書を読んでいるところです。



★源氏と言えば紫式部の「源氏物語」だが、現在の日本史では桓武天皇の次子を嵯峨天皇と云い、源信以下の皇子・皇女に【 源 】という氏を与え臣籍にくだしたのが始まりである。「源氏物語」などの平安貴族文学は南朝天皇の百済(扶余)の貴族の物語というのが松重楊江氏の記述である。桓武天皇とは初代南朝天皇である。



★しかし後世に源氏の子孫だと名のったのが清和源氏、宇多源氏、村上源氏、花山源氏などの武士の源氏たちだが、日本の古代の北と南の天皇とは血統では関係がなく、武士の源氏は藤原氏から大金をハタイテ買い取ったニセ系図から名乗っていたというのが松重楊江氏の説である。



武士の源氏の始まりはインド・グプタ王朝のクシャトリア民族の騎士団が始まりで606年にグブタ王朝が滅び東南アジアから東シナ海を北上し満州を経て新羅の外人部隊になった花朗軍隊。彼らは3000人の武士団であったが、途中でホモになり新羅人は彼らを「花の野郎たち」と呼び、それを略して「花朗(ファラン)」と呼ばれていた。その花朗軍団の長官を源花(ゲンカ)と呼び、その源花(ゲンカ)が武士の源氏の始まりである。(松重楊江説)




★ここまでを整理すると


  1、古代日本の貴族の源氏は朝鮮半島にあった百済から日本に来た南朝天皇側の貴族


  2、源氏物語を代表にする平安時代の貴族文学は南朝天皇側(百済→扶余)の貴族の物語だった


  3、貴族の源氏と武士の源氏は全く関係なく、武士の源氏は藤原からニセ系図を買い取って源氏を名乗る!


  4、武士の【源】の始まりはインドのグブタ王朝出身で満州を経て新羅にやってきて、その後に列島にやってきたホモの武士集団の「花の野郎たち(花朗→ファラン)」の長官の源花(ゲンカ)の【源】が始まり!







3、源氏と平家の祖先はアーリア人とインド人の混血のクシャトリア民族で、源義経の祖先もクシャトリアであるが、源義経が率いた武士団がツングース(元)であり、ツングース(元)とはアイヌのことでもある!



★北と南の天皇も源氏も平家も元は外国からやってきた者達というのが、鹿島史学であり、それをさらに改良してるのが、新鹿島史学(松重楊江)である(鹿島昇を参考に藤原氏が唐から来たものと強く主張しているのが鷲w)。その世界に入ると180度日本史のイメージが変わってくる。これまでの日本古代史は古事記・日本書記・続日本紀・新撰姓氏録・万葉集などを尊師として、麻原を拝むオウム信者のように間違った解釈でただひたすら信仰していた。が、その5つの古書は最初から嘘で、それも何度も改竄されたものであり、万葉集に至っては古代日本語ではなく、古代朝鮮語を解読できないと本当の意味が解からない。これまでの日本史は佐村河内の黒めがねと長髪と杖に騙されたNHKのようものであり、タカジンの3番妻に騙された百田尚樹のような哀れな存在だったのであり、オボちゃんが「ありま~す!」と言いながらなかったスタップ細胞のようなものであり、愛人との調停で月収8万数千円の紙を見せて養育費は払えないと主張し、都知事になると海外でやたら宿泊費の高いホテルを税金で泊まるマスゾエのようなもんだった!!





★ツングース系民族(ロシア語、英語、中国語:通古斯;Tōnggŭsī)は、満州からロシア領のシベリア・極東にかけての北東アジア地域に住み、ツングース諸語に属する言語を母語とする諸民族のことであるが、アイヌ人とは松重楊江氏によればツングース系民族でモンゴル人もツングース系民族だという。



★そして源義経が率いた義経軍はツングース民族であったという。この説で、北海道のアイヌ人が源義経を崇拝しているのは、アイヌの先祖のツングース軍の500名の義経軍を崇拝していることだと解かる。そしてモンゴル人もツングースだから、義経ジンギスカン伝説が誕生することも解かる。そして東北平泉の藤原氏は唐から来た藤原氏とは違い、ツングース(アイヌ人)だったというのが松重氏の説である。



義経伝説の始まりは、衣川の戦いで生き残ったツングース(アイヌ人もモンゴル人もツングース)の義経軍500名が北海道に渡り、北海道から大陸に渡り、それからモンゴル軍と合流した。このようなことが伝えられていたから、衣川の戦いで義経は生き残り、東北から北海道に渡り、モンゴルに行ってジンギスカンになったという義経ジンギスカン伝説が生まれたのである!




★源義経はクシャトリア民族出身だったが、源義経が率いた軍がツングース民族の軍隊はりモンゴル人(アイヌもツングース)だったということ。






4、結び  ~  朝青龍や白鳳の先輩が源義経が率いたツングース軍であり、この軍がモンゴル帝国となった鴨!?



★源氏の正体を簡単に書いた(簡単でもないか膿~)。まず第一に源氏物語の「貴族の源氏」とは百済の前身国家の扶余という国の貴族の物語。そして「武士の源氏」はクシャトリア民族のインドのグプタ王朝の騎士団が始まりで、606年にグブタ王朝が滅亡したので、東南アジアから満州を経て新羅の外人部隊のホモ集団の花朗(ファラン)となり、そこから日本列島に来たことから始まる。




★「武士の源氏」と日本の北と南の天皇の血統は全く関係はなく、藤原氏から大金をハタイテ、ニセ系図を買って天皇と繋がっていのふりをした、ということwww  実は古代から日本では天皇の系図からして偽造系図で、貴族や武士の系図は全てニセモノであるのだ!勝者が藤原氏からニセ系図を買い取って、由緒正しいふりをしていたのだwww




★武士の源氏とモンゴル帝国の関係は源義経が率いた軍の500名がツングースというアイヌ人でありモンゴル人であったこと。そして東北の奥州・藤原氏の3代はツングース、つまりアイヌ人であった。奥州の藤原氏と唐からやってきた藤原氏は関係がない。そして義経が率いた500名のツングース(モンゴル人でありアイヌ人)軍が北海道に渡り、中国に行って、モンゴル軍と合流したという。これが義経ジンギスカン伝説となる。そして北海道から渡った義経ツングース軍がモンゴル帝国となり、世界を支配した!の鴨しれない。その可能性は十分にある。




日本は古代から列島に外人がやってきて、外人が創った国である。北と南の天皇も藤原氏も平家も源氏も外人であったのであり、源義経が率いたツングース(モンゴル人でありアイヌ人)軍が世界帝国の元になった可能性は高い!日本史の真実はこれから始まるのである!




最後にこれまでの日本史は佐村河内の黒めがねと長髪と杖に騙されたNHKのようものであり、タカジンの3番妻に騙された百田尚樹のような哀れな存在だったのであり、オボちゃんが「ありま~す!」と言いながらなかったスタップ細胞のようなものであり、元愛人との調停で月収8万数千円の紙を見せて養育費は払えないと主張し、都知事になると海外でやたら宿泊費の高いホテルを税金で泊まるマスゾエのようなもんだった!!と強く言いたい




★(注)今回は鷲の文学的な表現が光っている膿~





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# by xuzu9851 | 2015-03-30 07:30 | Comments(0)