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サーティンキュー

石原慎太郎とビートたけし ~ この世的な栄光を得たその力の源は『 悪魔との契約 』から来るのか?



★石原慎太郎は出版社とマスコミの虚像で出世し、ビートたけしはテレビの力で出世した。しかし今はネットの時代。サカキバラの本を出した太田出版で出版業界の末路が来ている。またテレビも末路が来ている。ネットでは、なぜか表世界が隠し続ける『 石原慎太郎が運輸大臣の時にオウムを宗教法人化するために東京都に圧力をかけた 』こととか、『 石原慎太郎の四男がオウムの幹部だった! 』というネタが書かれている。またビートたけしはテレビで麻原彰晃と対談して絶賛していたことがあり、その約2年後に顔面崩壊事件を起してる。



★さて石原慎太郎とビートたけしは『 悪魔と契約 』したからこの世的な栄華を得たのだろうか?太田出版は元々がたけしの本を出すために誕生した会社である。サカキバラの本が太田出版から出たのは深いサインがあるのでは???その辺を考えていきます。




1、悪魔との契約

 ★『 悪魔との契約 』という概念はゲーテのファウストという作品の以前から存在した西洋の伝説から来る。その伝説を簡単に言えば、


悪魔と契約した人物は

 1、この世的な栄光をある一定の期間だけ得ることができる

 2、その期間が終わると永遠の地獄に落ちる



★戦後の日本の人物で『 悪魔との契約 』をした人物の代表は創価学会の池田大作名誉会長だと鷲は見る。多くの日本人会員から池田先生と呼ばれ、多くの信者がいて、何冊も本を書き、全てベストセラーであり、世界から名誉勲章や名誉博士号を得て、世界の一流インテリジェンス人と世界平和のために対談して世界を遊行していることになっている。



★もちろん池田エロ作のやっていることの全ての真実は暴露されていることであるが、いまだに信者の数が多い。エロ作を信じているのは馬鹿野郎にすぎないが。



★さてこの悪魔と契約し一時的な栄光を得たのは池田大作だけではない。鷲の見るところ石原慎太郎やビートたけしや佐藤優やアグネスチャンや池上彰やテレビや新聞や本で活躍している多くの者達に発見できる。そしてその悪魔と契約した者のファンや信者になることは悪魔の奴隷となることである!



★石原慎太郎とビートたけし悪魔の力で「この世的な栄光」を長く得ている人物である。池田大作というカルトの教祖ではなく、作家であり、芸人であるから実力で得たものだろうと多くの日本人が錯覚しているが、オウム真理教との関係でこの二人の正体が見えてくるのだ!



★石原慎太郎が運輸大臣の時に東京都に圧力をかけたからオウムは宗教法人資格を得た。石原慎太郎の四男はオウム真理教の幹部であった。そのことは「石原慎太郎 オウム真理教」で検索すると簡単に解かる。尚、その検索の上位の1位は鷲であるwww



★ビートたけしがテレビで麻原彰晃と対談し絶賛したことはネットでは簡単に見える。そしてタケシ軍団の芸であった熱湯風呂はオウムの修行から取り入れたもの。そしてサカキバラの本を出したのが太田出版であるが、その太田出版はビートたけしの本を出すための出版として始まった。



★『 オウム真理教、サカキバラ、拝金主義の太田出版 』と出たところで『 悪魔 』という概念が浮かんでくる。石原慎太郎もビートたけしも『 悪魔と契約 』したから『 この世的栄光 』を受けているのだ。オウム真理教、そしてサカキバラ本の存在で彼らの正体が見えてくるが、正体がバレタ時、彼らの栄光もなくなるだろう。悪魔から来る栄光は正体が見えない期間だけの栄光だからだ。




2、石原慎太郎って、一体何ができる人物なのか?


★石原慎太郎は不思議な人物である。その書いたものは鷲が見るところ全て糞であり、買う価値のあるものはない。政治家と云っても、その実績ってあるのか?知性は全くなく、哲学などあるはずがないと思える。はっきり云って単なるタレントである。石原慎太郎は四男がオウム真理教の元幹部だと日本中が解かった時点で終わる人物。だから早く終わりにさせたい、生きているうちに、と鷲は思っている。が、何事も努力が必要である。



★まずは彼の文学(糞)???とやらを考えていきたいwww以下が石原の文学らしいwww




★石原慎太郎は価値紊乱者というらしいが、単なる、バカ野朗であることが上の作品でわかる。小説の才能は全くない!よくこんなの書いて作家と言ってたもんだが、よくこんなバカ野朗が運輸大臣や東京都知事をやっていたと思う。石原の小説を語る価値がないのでこの辺で終わります。バカ作品を相手にするのは時間の無駄だから。しかし『 悪魔と契約 』した人間の創作小説だとは、簡単に解かる。



石原慎太郎を舞い上がらせたのは芥川賞という文学賞だが、この賞は金儲けのために、白痴と文盲に本を買わせるためにマスコミと出版社が仕掛けて創設された賞だ。本物の本を読む者は芥川賞の小説なんぞ買わない。鷲も20歳前半に芥川賞のその当時までの作品を読むだけ読んだ時があったが、全てツマラン。バカが読む小説が芥川賞作品だと悟りきったのであった。馬鹿が選び、馬鹿が選ばれ、馬鹿が買う、のが芥川賞作品であり、その芥川賞の代表が石原慎太郎である。







3、都民の血税1400億円をドブに捨てて遁走したのがクサレキンタ◎野郎の石原慎太郎だ!


★新銀行東京とは石原銀行と呼ばれるほど石原慎太郎が入れあげてやった銀行だが、その結果はだいたい以下の4つかな



1、都民の血税の1400億円をドブに捨てる


2、失敗したのに石原慎太郎は旧経営陣に責任をなすりつけて逃げる


3、新銀行東京のカネは詐欺師たちの餌食となった


4、新銀行東京の融資の誘惑力によって石原慎太郎の息子たちが国会議員になっている



★さすがやることなすことがダメな石原センセである。池田エロ作と良い勝負であろう。『 悪魔と契約 』した人物はじっと見ていくとかなり面白いと言える。しかし都民の血税1400億円をドブに捨てたのに責任を取らないというのは明らかにダメだろう。だから鷲は努力して石原慎太郎が生きているうちに大魔神様に踏み潰されるように頑張っていますwww



★しかし東京都民って、石原の次は猪瀬、猪瀬の次はマスゾエって、かなり馬鹿を選んでいるんだが、それは東京都民の趣味なんだろうか?この石原、猪瀬、マスゾエの三人を見ていると、猪瀬が一番マシに見えてくる。領収証を書けないという欠点があっても。マスゾエも結構、鷲は詳しいぞwww





4、ヒストリーという英語のヒスは「神の」であり、ストーリーは「物語」である。ヒストリーという言葉は歴史という意味のほかに『 神の物語 』である。しかし石原慎太郎とビートたけしは『 悪魔の物語 』しか描くことができない!


★石原慎太郎は自称でなく芥川賞を取った公的な作家である。しかし鷲は若い頃から世界の古典文学から、数多くの本格的な書物を読んでいるので、彼を作家とは全く思ってない。タレントが間違って『 芥川賞という白痴と文盲騙しの賞 』を取っていまだに生きていると見ている。政治家の力量は都民の血税1400億円をドブに捨てたことで、その手腕がわかる。丸でダメな政治家ということwww



★そしてビートたけしだが、彼も世界的な『 映画監督 』であるらしい。日本人の殆どはそう思っている膿~。ということは彼らは物語創り者達であるが、彼らの創作の物語は暴力で満ち溢れている悪魔の物語ばっかりなのだ。



★鷲が高校生の頃、中上健次という戦後生まれ初の芥川賞作家の本をかなり読んでいたことがあった。薬物中毒とアル中の人物であり、相撲取りのようなデブだったが、高校生の頃は、彼の対談集は非常に知的なエネルギーになった。しかし彼の小説は全然ダメ。ノーベル賞作家のフォークナーに影響を受けたらしいが、全然面白くないから読めない。深いようで浅い。だから全く売れない。



★しかし中上健次の『 知識 』は芥川賞を取った作家の中ではいまだに1位であろう。しかし彼の『 知識 』の根源は薬物から来ると鷲は見ている。薬物中毒とは中上健次自身が公言している。セリーヌの怒りは、中上健次のような薬物中毒の悪魔の憑依から来るものではない。そしてセリーヌの「虫けらどもをひねりつぶせ」のような感じで、鷲はブログを書いているが、中上健次のセリーヌ理解は非常に浅いものである。



★さて、石原慎太郎とビートたけしは、どうして『 神の物語(ヒストリー) 』を書けないのだろうか?それは彼らが数字の『 6 』の者であるからだ。ドストエフスキーの『 罪と罰 』がいまだに現代の小説なのは、表面的な意味と隠された暗号が、彼の小説の中にあり、永遠の真実をドストエフスキーは捉えるいるからだ。ドストエフスキーは『 9 』の作家である!



石原慎太郎とビートたけしの栄光は、池田エロ作の勲章や博士号のようなもので、馬鹿騙しのニセの栄光、つまり虚栄であるのだ。タケシの先生であった中上健次の正体を見抜ける者が、神の物語である、ヒストリーの世界にいけるだろう。



★ビートたけしを尊敬している者は麻原彰晃が姿を変えて出てきた時に騙されるであろう!『 神の物語(ヒストリー) 』を描けない石原慎太郎とビートタケシとは、虚栄の中にいるニセの世界の小説家であり映画監督だ。しかしコマネチ!!!の芸があるので、タケシは、な~にも取り得がない石原慎太郎と比べるとちょっと上であると鷲は思っている


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補足


★物語とは考えられないほど古い歴史を持つ。現代の我々が得れる物語はアラビアンナイト、ダンテ、シェークスピア、ゲーテ、ドストエフスキー、トルストイを基本にすべきで、けして商業主義の芥川賞を基本とすべきではない。



★ドストエフスキーの「罪と罰」は非常に深い物語で、表面的な意味と隠された意味の二重のストーリーがある。ドストエフスキー研究家は多いが、ドストエフスキーが「6から9」に凝った意味が解かるのは誰もいない。その意味を何度も鷲は書いているで省略。



★現代日本では、石原慎太郎は小説家と言い張り、ビートたけしは映画監督と言い張る。しかし彼らは「悪魔の物語」しか書けないのは数字の『 6 』の人間だからだ。精神の未熟児ということ。物語を書くのは、魂と結びついた知識を持ったグノーシスの者しかダメだ。物語は『 神の物語のヒストリー 』でなければならない。でなければ、悪魔の物語となり、悪魔の世界に行ってしまうからだ。



★カネを神とする現代日本は悪魔の世界に行ってしまった。その証拠は、石原慎太郎とビートたけしの存在である。この二人の無知が、日本が悪魔の世界に入った証明であるのだ。石原慎太郎とビートたけしを拝む奴らが『 悪魔崇拝者 』であることは、この無知二人の創作した物語で解かるだろう!







by xuzu9851 | 2015-06-30 09:41 | Comments(0)
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