サーティンキュー

イエスキリストは存在しなかった!





★西暦とはイエスキリストが生まれた翌年を紀元1年としている。天文学以外では紀元0年は存在しないから、イエスキリストは紀元≪前≫1年に誕生して、イエスキリストの1歳が紀元1年である。今年の2016年とはイエスキリストが生きていれば2016歳という意味である。



★日本では聖書を読んでいる者はあまりいないが、日常的に使われる西暦を考えれば、キリスト教の世界が日本に深く入り込んでいる。さて鷲はイエスキリストは存在しなかった!と言ってきた。イエスキリストの話は日本で言えば、桃太郎とか浦島太郎とか花咲爺さんの話と同じ「 お話し 」である。しかし日本の昔話に非常に深い意味があるように、イエスキリストの「 お話し 」と「 十字架の磔のシンボル 」には深い意味がある。



★しかしキリスト教が云う、『十字架にイエスが磔になり、イエスが流した血で人類が救われた』というのは、牧師たちが想像逞しくして創作した作り話である。それは「 十字架の磔のシンボル 」を正確に解読できなかった結果のウソ話である。イエスキリストとは存在しなかった!しかし「 十字架の磔のシンボル 」には深い意味がある。その辺を考え書いていきます。






1、信じる者は救われず、真実を探求し発見する者が勝利する!


★聖書を読んでない者も「信じる者は救われる」という新約聖書の言葉は知っているだろう。しかしその新約聖書の言葉は間違いである。麻原彰晃を信じた多くの若者たちは不幸になり、オウム真理教の幹部たちは、上裕を除く全てが死刑宣告された。



★オウム信者の不幸は、宗教詐欺師である麻原彰晃を見抜けなかったことだ!麻原の真実を探求しようとしなかったことが、不幸と死刑の原因である。



★戦前、天皇陛下を信じた特攻の若者はヒロポン(覚醒剤)を渡されて打ち、「天皇陛下万歳!」と叫んで死んだが、1946年1月1日に昭和天皇は「人間宣言」をした。現人神の天皇を信じた戦前の日本人は、人間宣言した天皇を見て、いまだに思考停止中である。昭和天皇が人間宣言した時に怒ってもいいのだが、それもできないほど「現人神信仰に精神を侵されていた」。



★物事の真実を探求して真実を発見することが正解であり、最初から「信じようとする」姿勢は敗北の人生となる。小さな子供は母親に「あれは何?これは何?」と常に疑問の言葉を投げかけるが、ある時を経過すると、親兄弟、学校、人間関係、会社、世間に洗脳されて、その洗脳の思考停止のまんま、癌で死ぬというパターンだ。そして癌という病気を疑問視する知性もない。



★最後まで「あれは何だ?」という疑問から始まって真実を探求し発見し続ける人生となれば、苦しかったことが楽しかったことの一部となり充実し自信を持てる人生となると思うが。



★キリスト教徒とは実は聖書をじっくりと読んでいるわけではない。キリスト教徒同士の人間関係が「安心」するからキリスト教徒になっている者が多い。



★欧米はキリスト教国ばっかりだから欧米人の全員が聖書を読んでいるだろう!と思いがちだが、欧米人の多くは聖書をそんなに読んでいない。聖書を深く読んでないからキリスト教徒になっている、とも言える。



★実は聖書を真剣に奥深く研究した者たちは、聖書の内容は間違い!という「 反聖書派 」になるのだ!ニーチェ、フロイト、ユング、ヘーゲル哲学の者たち、マルクス系、その他、聖書の真実の探求家の全ては「 反聖書派 」である。



★つまり欧米では聖書に騙されている者はバカの大衆であり、哲学者と言われるほどの少数の賢者である人間は「聖書を批判し、否定する者」の伝統がある。が、この欧米の法則は日本では通用しない。日本で聖書に値するのは戦後憲法であろう。



★米国OSS(戦略情報局)が創作した戦後の日本国憲法の、象徴天皇、自由、平等、人権、反戦、その他。このような単語を妄信するのではなく、これらの単語を深く考えて研究して真実を発見して否定できる者が現代日本の「哲学者」だと言えると思う。日本国憲法を信じている者を鷲は20歳代からバカにしていた。



★信者とは「知的な努力をしない者」、「楽な方を選ぶ者」、「ウソに騙され続ける者」たちである。信じる者は一切、救われることはない!どんなに苦労しても真実を探求して発見し続ける人生を生きる者が、勝利を得る!それが正解である。真実を探求せよ!ということで、テレビでの推理ものが、太陽神から命令されて、常に日本の日常のテレビでやっているのだ!







2、イエスの十字架の磔の意味


https://ja.wikipedia.org/wiki/机「9」文字事件

9の字事件


★鷲の今の手元には、レザー・アスラン著「イエスキリストは実在したか」、バートDアーマン著「捏造された聖書」、山内雅夫著「聖書の呪い」、ジェイムズDティバ―著「イエスの王朝」、ダン・ブラウン著「ダビンチコード」などがある。その手の本は様々、身近にある。



★このような本に囲まれて生活している鷲がキリスト教徒なわけがない。グノーシス主義者である。しかしそれはコロンビア出身のサマエル・アウン・ベオールから始まり、ミゲルネリ夫妻が1982年に来日して東京で講演したノーシス運動の信者とは違う。



★鷲はミゲルネリの1983年の1月から1984年の6月まで講演を聞いて、じっくり考え、ノーシスのインストラクターまでやり、それを辞めて、グノーシス主義者になったが、それはイエスキリストと聖書に深く関係がある。



★ノーシス運動とはイエスキリストと聖書を盲目的に崇拝していた。その一点で鷲はノーシスはダメだと思っている。無料で講演をし、神智学を取りいれ、性エネルギー昇華秘法がメインであり、ルーン文字やタロットや魔術儀式など、様々、ノーシスにはあったが、聖書を盲目的に信じ、イエスキリストが実在したと信じ、聖書を崇拝するノーシスもまた、イエズス会の一つの戦略だった!と今は思っている。



★イエス・キリストは存在したか?聖書には真実を説かれているのか?その「ナゾナゾ」は大いなるナゾナゾであり、そのナゾナゾを説くために、手に入る本を読んできたのが鷲の人生である。結論は、イエスキリストは存在せず、旧約聖書はバビロンの「 ベルの目 」の反動の書であり、新約聖書はグノーシス文書を改竄したもの、ということ。



★新約聖書はギリシャ語で元々書かれたが、ギリシャ語の新約聖書のイエスの処刑の時間は正午6時から午後9時である。日本の新約聖書のイエスの処刑の時間は正午12時から午後3時。新約聖書の元のグノーシス文書とは「 暗号 」ということ。日本の新約聖書は一番大事なところで大間違いをしている。



★イエスの処刑時間は正午6時から午後9時でなければならない。つまり「 6から9 」。ゴルゴダの丘のゴルゴダとは髑髏という意味。そしてイエスの頭上のINRIは「三か国語のユダヤの王」と表では言われるが、本当の意味は、

 1、火による変換

 2、世界の王

 である。



★そして『 火 』こそが、人間の意識を変える根源である。この火を崇拝するのが、ゾロアスター教の「拝火教」で、ニーチェのツァラトゥストラで文字にされ、ナチスで体現され、今はオリンピックの『 聖火 』となっている。



★十字架はキリスト教が所有しているわけではない。縦は男性原理であり、横は女性原理である。縦と横が合体はハネムーンであり、十字が元で卍になり卐となる。



★イエスキリストの十字架の磔の意味は、『 6から9に転換して13と一体化する! 』という意味。この場合の『 13 』は、『 死神・火・意識の変容・世界の王 』で良いだろう。



★数字の『 6 』で止まろうとするキリスト教徒は、永遠に13と一体化する『 9 』にはなれないだろう!








3、キリスト教美術はグノーシス美術



数字の意味について ~ シンボル解釈の基本! 再再 2016年7月18日



★キリスト教とキリスト教美術は全く別の世界である。キリスト教はニケーヤ会議やカルタゴ会議とかの「人間の会議、人間の話し合い」で誕生したものだが、キリスト教美術は、太陽神からの霊感(インスピレーション)が誕生したもの。



★キリスト教には価値はないが、キリスト教美術には価値がある。キリスト教徒は「調教されたバカ羊」にすぎないが、キリスト教美術は永遠の価値がある。キリスト教美術の代表がダビンチの絵である。



★ダンブラウンのダビンチコードの主人公の職業はハーバード大学の宗教象徴学を専門にしているが、この「宗教象徴学」という分野は実はこの世に存在しない!と登場人物に言わしている。



★我々が日常的に見る記号「?」「!」「〇」「✖」「▲」「▭」などは実に非常に深い意味がある。この記号の本当の意味を探求すると「神の領域」に入っていく。しかしキリスト教の牧師の話は、人間の世界にすぎない。



★元々、グノーシス文書は80以上もあった。それを人間の会議で4つにした。キリスト教徒はグノーシス文書の4つを選んでそれを「福音書」と名付けた。グノーシス文書のまんまなら聖書も神の領域に入り込んでいるが、印刷機がない時は、人間の手で写してた。すると当然にミスが出るし、そのミスによって全然、元の意味とは違う意味になるだろうし、人間の手が加わってかなり改竄されている。



★で、新約聖書の文章は「元型」から遠く離れて現在に至っている!ということ。しかしダビンチの絵画は元型が崩れていない。ダビンチを代表するキリスト教美術にはグノーシスが残っている!ということ。



★ギリシャ語の新約聖書のイエスの処刑の時間が正午6時から午後9時。ここにグノーシスの暗号が残っている。この暗号を元にして、キリスト教以前のグノーシスにおける、イエスの処刑の意味が鷲に閃いたのである!




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補足


★ナチスにアーネンエルベという言葉があるが、それはグノーシス(知識)を指す言葉だろう。アーネンエルベとは「古代の叡智の探求の会」と訳される。キリスト教はイエスキリストに懺悔して、罪の許しを得るという、人間の創作した宗教?のような道徳だが、キリスト教徒が拝んでいる、イエスの磔の十字架やマリア像や聖母子像には深い意味があるが、キリスト教徒には永遠に解明できないだろう。



★それはなぜか?キリスト教徒には「神に成る!」という発想がないからだ。永遠に十字架に磔になったイエスキリストの従順な羊で居続けようとする「人間的な考え」に洗脳されているからだ。



★しかし1932年頃のヒットラーは「人間とは生成途上の神である!」と言っていた。人間とは「神と成る可能性」であると発言していた。今、連日、リオオリンピックを放送しているが、毎日、「神技」を見ている。あのオリンピック選手たちを見てれば、人間とは「神に成る可能性」と発言したヒットラーの方が、キリスト教の牧師よりも真実に到達していたと解る。



★「 6から9 」とは6(獣的人間)から9(太陽神と結びついた神々の一員)に成る!という意味である。キリスト教徒は、グノーシス文書を改竄して「人間的な解釈で満足し」、イエスの十字架の磔像に至っては、1700年間解読できず、クダラナイ解釈で満足している。



★ナチスが政権を獲った時、ナチスはカトリックの牧師たちを強制収容所に入れて、便所掃除をさせた。そしてナチスのSS隊員たちに、「お前たちの神はどこにいる!?お前たちの神はどこにいるんだ!」と罵倒され続けた。それは妄想の神を拝み続ける、キリスト教徒たちへの、バアル(太陽神)の怒りの罵倒であったのだ!



★イエスキリストの死と復活とは、「6である獣的な人間が死んで、9である太陽神と結びついた神人に成って復活する!」という意味である。イエスキリストという主人公の物語だけのお話しではなく、人類全体の物語(神に成る物語)である。



★キリスト教徒はイエスの磔像の前で懺悔し、祈ってはいるが、あのイエスの磔像の美術品の真の意味を全く知ろうとはしなかった。『 33歳で死んで、3日後に復活するとは、日本では三々九度という言葉に表現される、獣(6)から太陽神と結びついた者(9)へ変換する! 』という意味である。それを将棋では、「歩兵」から「裏と」に成って、王将と一体化する!で表現している。


INRI

チベット密教 六道輪廻図









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by xuzu9851 | 2016-08-19 11:08 | Comments(0)
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