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飯山一郎の死は日本の三流思想家たちの「 死 」を意味する!

飯山一郎の死は日本の三流思想家たちの「 死 」を意味する!




★飯山一郎が死んだ。鷲の評価としては三流思想家。自然食を売っているのも胡散臭いし、中国の上海鉄道大学の教授だった!というのも胡散臭いし、死ぬ間際は安倍ちゃんの応援団になったのは完全にダメだ。金正恩の母は横田めぐみ、というのも違うだろう。



★左翼と右翼の間をさすらって毎日ものを書いてきた人物であるが、「 9 」の思想には至ることができなかった。性的な生活はどうなっていたのか?彼の性生活にはあんまり興味がないが、性に対して語ることがなかったのは、性を意識する意識の高さがなかったからだ。日本の三流思想家はなんとか、自分の思想をカネに変えようと奮起するから三流であるのだ。



★さゆふらっとまうんど、という若者がユーチューブでやっているが、とにかく寄付金くれ!である。自分の思っていることをカネに変えようとする行為は、最低だと思うな。自分の思いは聖域でなければならない。どんな人間でもカネがないと生活できないから、いやなことをカネのために仕事している。しかしパソコン修理の仕事や引っ越しの仕事は役立つ。だから喜んでカネを出す。



★しかし三流思想家たちは安易に自分の思想???をカネに変えようとする。カネの下に思想があるわけで、それが俗物ということ。寄付金くれ!のさゆふらっと、は単なる「 左翼小児病 」という精神病にすぎないが、それを高邁なる思想だと勘違いして、毎日、ユーチューブをアップしてカネをもらおうとする。そんな日本の三流思想家が太陽神に裁かれる現象が、飯山一郎の死、ではないのか?と鷲は思う。



★今年の6月に米軍が北朝鮮を爆撃する!という本を書いて撃沈した副島隆彦は元信者たちに総攻撃を食らっている。ニセ予言者は裁かれるだけである。三流思想家が三流なのは、太陽系に生きていることを意識できないからだ。日本だけに、日本のある地域に、日本の書物の世界だけに住んで居るからだ。だから三流思想家であるのだ。



★飯山一郎の世界は戦後的世界に限定されている。その自然食は1960年代から1970年代の左翼の思想である。左翼は天皇は嫌いだが、自然が好きであるのだ。左翼は神を信じないが、自然を神としている。飯山一郎は左翼思想で生きてきたが、晩年は安部ちゃんの応援団になった。



★左翼と右翼しかない。その双子のニセ思想の間を彷徨った。飯山一郎が死んだことは、すでに地上には飯山一郎はいらない!という死神(太陽神)の審判であろう。そして他の三流思想家、副島隆彦やリチャードコシミズやベンジャミンフルフォードもこの地上に必要ないのだ。



★簡単に解りやすく言えば、戦後左翼も現人神天皇教もすでに裁かれる時に来た。人類の原観念の太陽神主義に回帰するのが、今、である。出版界の大不況は、紙に印刷する活字の世界が古すぎて役立たず害にしかならないからである。さて、結論を云えば、飯山一郎の死は日本の三流思想家たちの「 死 」を意味する!

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by xuzu9851 | 2018-07-26 02:14 | Comments(0)
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