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サーティンキュー

瀬戸内寂聴と井上光春の恋の物語について!






★井上光春と瀬戸内寂聴の恋愛を描いた「あちらにいる鬼」という映画なんだが、もちろん見ていない。しかし鷲が19歳の頃、井上光春の文学伝習所に「小説」を習いに行ったから懐かしいのである。瀬戸内寂聴の言説は、この鷲のブログでは一切否定して来た!と思っている。彼女の言説は仏教ではなくて、GHQから来る「リベラル思想」だと。しかし鷲が高校生の頃は、瀬戸内寂聴の師である今東光の言葉には感動していたのだ。今東光の言葉は、ハードロック歌手より激しいパンクの言葉だったが、瀬戸内寂聴の言葉は、ありきたりの戦後民主主義の言葉でツマラナイ!と感じていた。だから鷲は瀬戸内寂聴とはインチキ尼さんだとズット確信していたのだ。





★で、井上光春なんだが、鷲が19歳の頃、彼の主催する「文学伝習所」に行った。それはどっかの旅館のようなところでやっていて、昼の13時から井上光春の小説講義をやって、生徒たちに2枚の原稿用紙に小説を書かせて、井上光春が評する!という形。そして17時頃からは「飲み会」に成るわけ。井上光春の「文学伝習所」は詐欺師の騙してではない。井上光春は病的な体質的にウソしか言わないわけだが、井上光春の小説講義があって、飲み会があって、泊まって、1万円というのは、詐欺ではないわけ。統一教会の合宿とは全く違うわけ。





★井上光春の言葉で「日本共産党は俺が創った」とは笑えるウソwww そして井上光春の幼い頃に、売春街に生まれて、朝鮮人の女学生と恋に落ちた、とかの話も妄想だが、その【ウソ】は金銭的に問題ならなかったから「笑い話」になっているが、井上光春の1979年アタリを見ても、本を出版していて、文学賞の審査員になっていたから誰もが好意的にみていたわけだ。井上光春は、【文章】に凝っていたことは間違ない。


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★1979年を考えると、中上健次にしろ、井上光春にしろ、ノーベル文学賞のフォークナーの「怒りと響き」が、素晴らしいと云っていたわけ。鷲は【文学】というものを【新約聖書】の文章から【問い】直したい!が。1979年を考えると、村上龍はいたが、村上春樹は存在しなかった。さて、結論を言えば、井上光春は統一教会のような宗教詐欺師ではなかった!と思う。【文学】という当時のハイラーキーなイメージを利用して生きた者である。戦後的な【文学】の言葉の意味とは?




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by xuzu9851 | 2022-11-10 22:15 | Comments(0)
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