サーティンキュー | |||||
![]() ![]() ![]() ★相撲は丸い土俵の中で二人の力士が戦うが、二人の力士が戦う姿が下のヘルメスの杖である。二人の力士は【女神の化身】である。女神の3要素は【叡智・力・正義】であるが、相撲が表現するのは女神の【力】と【正義】である。我々人間が生きて行く時、非常に重要なことは【女神を常に意識する!】ということ。丸い土俵の外に出ると負けのように、松本人志も若新雄純も伊東純也も【女神を汚した】したので、丸い土俵の外に出てしまった。この丸は【太陽神・宇宙の父】である。犯罪者のすべては、丸い土俵の外に出てしまった者たちであり、裏金をつくっていた自民党議員も丸い土俵の外に出てしまったのである。 ★ある町では、町の中にマルハのマークばかりがある。マルハのマークは「悪霊を倒すお守り」として町中に貼っているのだ。その思考は正しい。〇は【太陽神であり宇宙の父】であり、八は【女神の叡智・力・正義】である。このような知識をギリシャ語でグノーシスというのである。エソテリック(秘教)と呼んで良いが。グノーシスは古くはならない。それはエジプトやマヤのピラミッドを建築した知識のように「完成された知識」だからである。しかし六道の知識はすべて「欠陥品」である。六道の知識は第一に人間の【性】が分からない。ということは人間の何もかもが分からない!ということ。 ![]() ★六道しか分からない人間は「仕事の成功が人生の成功」だと勘違いしてしまう。だから松本人志も伊東純也も「女の性奴隷のくせに俺様のような王者を告訴するなんぞゆるせない!逆告訴だ!」とやっているが、その思考こそが【反女神】であり、幸運の女神も勝利の女神も彼ら二人からは離れた。幸運と勝利が離れ「地獄の苦しみ」と「悔恨」が訪れ「すべてを失う」だろう。女神が去った男には何も無くなるからである。松本人志と伊東純也の「熱狂的ファン」たちもいなくなる。そしてかつての「熱狂的ファン」から「唾を吐きかけられる」だろう。 ★日本人は「数字の1の宇宙の父」も「数字の2の宇宙の母」も分からない。しかし大相撲の【丸い土俵が宇宙の父】であり、【二人の戦う力士が宇宙の母】なのである。日本人が何も分からないのは、日本人にグノーシス(本物の知識)を与える者がいなかった!ということ。学問では大相撲のグノーシスは分からない!ということ。大相撲も将棋と同じく、人間に生き方を教えるレゴミニズムということ。六道の人間は何も分からない。どんなズルをしても「お金儲けして、イイ女を抱く!」というマルクス主義者ではなくて、野崎幸助主義者の男しかいないのだ。しかし野崎幸助も若い女性に殺されたが、それが女神であるカーリーマーに殺された!ということ。若新雄純は女性たちに懺悔したと思うから、最低最悪から逃げることができたが、松本人志と伊東純也は最低最悪の地点に堕ちるだろう。彼らは「黒い女神カーリーマー」に首を斬られる!ということ。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
by xuzu9851
| 2024-02-02 23:40
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Comments(1)
サーティンキュー様
こんにちわ。 なんとか毎日「杖」と「灯り」を頼りに「道」を進んでおります。 ご質問ですが、タロット21「世界」の輪の中人物が両手に「棒」を持つことは何を意味するでしょうか。ご助言いただければ嬉しいです。 “ひとり旅 永き冬 春を想い出すも 忘れるも 遠き遠き道の途中での事”
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