サーティンキュー | |||||
![]() ![]() ★日月神示の預言は昭和19年とか昭和20年とか、約80年前の預言なんだが、ノストラダムスの「諸世紀」は今から469年前の1555年が初版である。預言書というのは、かなりの「長い生命」を持っている。そして「諸世紀」の解読をしようとすると、生涯かかるくらいのあらゆることを勉強しなければならない。それが出来るのは才能がある者のみである。普通の男は「お金儲け」と「セックスの欲望」の【獣(666)】だから「ノストラダムスの大予言」を中学生の頃に興味があったとしても、懐かしい、中学生の頃の思い出でしかないが、「諸世紀」は今も現役の書物である。「諸世紀」に比べると、「日月神示」は誰でも解る言葉でストレートだから入りやすいわけ。だけど昭和20年代に日月神示を読んでいた者たちは「なにがなんだか、わからなかった」だろう。昭和30年代から高度経済成長があったし、それが崩壊した後の今の預言が日月神示だから。 ★最近、鷲の趣味は戦後小説、三島由紀夫、松本清張、瀬戸内寂聴、大江健三郎、村上龍、村上春樹、などを【性】で読み解く!という読み方である。松本清張はあの顔だから女性は寄ってこないだろうwww しかしだからと云って、彼が【性】に潔白とは言えないが。ヒトラーは「退廃芸術」という言葉を使ったが、鷲は現代小説には「性的退廃芸術」しかないと思っている。それを「芸術作品」と云えるのか?という観点から。しかし日本の伝統文化はすべて「性エネルギー昇華芸術」である。すべてが。どうして戦後小説の分野は「性的退廃芸術」になったのか?それを今月の中盤くらいから書いて行く予定。 ★鷲の子供の頃は小説家というのは「偉人」だった。政治家や歌手や芸人よりも小説家は偉かった。川端康成はノーベル文学賞だし、三島由紀夫は自衛隊で切腹だし、芥川賞を取ることは「シンデレラ物語」だった。しかし今は誰も小説なんか興味がないし、小説家を尊敬している者もいない。ふと考えると、昔はどうして小説家が偉かったのか?子供の頃の鷲の周囲の大人たちを見てても小説を読んでいるオジサンは誰もいなかった。そして昔は偉人だった川端康成も「変態的少女愛」疑惑がある。鷲は「それはありそうだな」と思っているが。変態小説は別にして、純文学と呼ばれる分野の主人公たちも、皆、性的退廃者である。つまり小説を読んでも「なんの役に立たない」から、小説と小説家を無視する時代になった!ということだろう。 ★大正時代は「小説家がスタ―の時代」であり、その代表が芥川龍之介であった。1970年に三島由紀夫が自衛隊で切腹した時は大きな話題になったから、あの頃の小説家は世間的に偉人だった。しかし1980年代の後半になると「小説家よりもお笑い芸人がスター」になった。そして今は「お笑い芸人の裁きの時代」に入った。その「裁き」になった時は、志村ケンがコロナで死んだあたりかもしれない。さて今回の結論は小説家でもお笑いでも「性的退廃者の作品」は最後に「首切断」の刑になって死神に殺される!ということ。それは大衆に大きなマイナス現象を与えるからである!それを直感的に悟り、瀬戸内寂聴は小説家を辞めて、尼さんの道を選んだのだろう。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
by xuzu9851
| 2024-02-04 11:14
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