サーティンキュー | |||||
![]() ★ユーチューブは非常に便利なもので、昔、聴いていた曲を無料でリアルに再現してくれる。しかし昔聴いていた歌は鷲には「生きる力」にはならない!ということに気づいた。そして、ふと思いついて、三島由紀夫、瀬戸内寂聴、大江健三郎、村上龍、村上龍を読んでみようと思ってアマゾンで注文したが、ネットで「あらすじ」を読んでいると、なんじゃこれは~~!!という感じなのである。それでも、今の眼で感想を書いてみようと思うが。一番、鷲が感動する「芸術作品」は「鏡餅」「門松」「お稲荷様」「狸大明神像」「ツタンカーメンの黄金の仮面」などの「性エネルギー昇華芸術」なのである。鷲は毎日、性エネルギー昇華秘法を実践しているから、「性的退廃芸術」はだんだんと受け付けなくなっている。ならばロックは「性的退廃芸術」では?と誰もが思うが、ロックが鷲の身体の一部になっているからで、鷲の中では最高の芸術の位置からはかなり下がっている。 ★日本の代表的な物語である「浦島太郎」や「桃太郎」は不滅である。これは「性エネルギー昇華物語」である。それと「蘇民将来」の物語は今の時代の物語である。ふと思ったのだが、20世紀の「世界文学」というのは、とんでもない勘違いをしてきたのではなかろうか?という「閃き」が来たのである。だから図書館で「ヘミングウェイ」や「フォークナー」そして、アマゾンで「ボルヘス」を注文したのだが、もしかしたら20世紀の「世界文学」とはトンデモナイ勘違いをしてきたのでは? 戦後の日本文学は間違いなく「トンデモナイ勘違い」である。つまり物語の基本は「太陽神の卍と合体する過程」ということ。人間の生きる目的と同じ。 ★19世紀のドストエフスキーは良い。千夜一夜も良い。シェークスピアも読んではないが良いだろう。ところが「20世紀文学」は作者が物語とは何か?全く分からないで書いている。村上春樹がその代表である。彼はどこにも行く果てもなく、ただ書いている、ように思える。それは「物語」ではない!ということ。「物語」とは宗教的なるものと合体して始まった。しかし「宗教」と分離して、ビートルズを神としているのが村上春樹だろうか?まだ彼よりは三島由紀夫や大江健三郎の方が勉強して、書いていたような気がする。そしてノーベル文学賞を与えている者たちは「文学の何も理解してない者たち」である。 ★鷲の部屋はレゴミニズムに囲まれている。布袋様、フクロウ、バフォメット、ベコ、シーサー、狛犬、裸の女神、寿老人、達磨様、その他。このレゴミニズムの美術から「生きる力」が湧いてくる。これは松本清張(☚ 成長のことw)だろう。物語も、書も、踊りも、歌も、造形美術も、太陽神と一体化するために存在する芸術作品である。ニセモノはすべてこの世から消滅する。だから今の日本の職業は何もかもなくなるだろう。戦前のヒロヒト絶対信仰はイエズス会が創った「カルト」だった。戦後の「拝金とリベラル」世界は、今、終わろうとしている。今は、諸世紀10章72番の「アンゴルモアの大王を蘇らすマルス」に成らねばならない。今は「ノアの箱舟」に乗る時である! ![]()
by xuzu9851
| 2024-02-04 18:55
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