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サーティンキュー

2016年 07月 04日 ( 1 )


1930年代のテロと猟奇事件の繰返しが今 ~ なぜ犬のように殺されるのか?




★2016年7月1日、バングラデュシュの首都ダッカでISによる飲食店襲撃があり、日本人7人が殺害された。この事件で考えたことは、

  1、今が1930年代前半の繰返しの確認

  2、なにも悪ことをしてないのに犬のように殺害されるのはカフカの「審判」の世界



★毎日のニュースを見るたびに、今が1920年代後半から1930年代の繰返しだと確認している。今と未来を読むには1930年代をよ~く調査することである。そしてカフカの「審判」などの作品は今を予言していた。鷲には、今は「夜が終わって太陽が昇りだした時」だと感じている。これまでの世界は倒錯していたのだと。無差別テロとは鬼の出現である!と見ている。その辺を書いていきます。


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http://www.yomiuri.co.jp/matome/20160703-OYT8T50000.html

日本人7人死亡…バングラデシュテロまとめ
バングラデシュの首都ダッカの中心部グルシャン地区で1日夜(日本時間2日未明)、武装集団がレストランを襲撃、警官隊と銃撃戦となった。武装集団は外国人客らを人質にとって店内に立てこもったが、発生から約10時間後、治安部隊が突入し、現場を制圧した。同国陸軍の発表によると人質20人が死亡。菅官房長官は2日深夜に開いた記者会見で、死亡者のうち男性5人、女性2人の計7人が日本人だったことを明らかにした
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1、1930年代のテロと猟奇事件


★1930年代の日本は、テロの時代であり、猟奇事件の時代だった。主な事件を上げれば、


1、血盟団事件(1932年)
2、5,15事件(1932年)
3、浜口雄幸首相狙撃事件(1929年)
4、3月事件と10月事件(1931年)
5、神兵隊事件(1933年)
6、2,26事件(1936年)
7、阿部貞事件(1936年)

 などが代表的だが、その他数多くテロと猟奇事件が起きていた。



★当時の状況を言えば、1929年10月24日にニューヨークのウォール街において株価大暴落が起き(暗黒の木曜日)、世界大恐慌となり、そして世界的にテロの時代となり、1932年に関東軍が満州国を建国し、1933年にナチスドイツが政権を奪取する時代。



★1920年代後半から1930年代の時代を考えれば、今の時代とのあまりにも似ていることに驚くだろう。逆に言えば、1920年代後半から1930年代をじっくり調査研究すれば、今の時代の予言者となれる。『 時は繰返している 』からだ。この『 時は繰返す 』という単純なシクミに気づかないから何がなんだか解らないうちに人生は終わってしまうのだ。



★『 時は繰返す 』、そこに気づくと気づかないとでは、天地雲泥の差となる。未来見るには、1930年代に鍵がある。それを知ることである。







2、鬼に憑依された宗教的テロリスト


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https://ja.wikipedia.org/wiki/血盟団事件 
血盟団事件
茨城県大洗町の立正護国堂を拠点に政治運動を行っていた日蓮宗の僧侶である井上日召は、1931年(昭和6年)、彼の思想に共鳴する近県の青年を糾合して政治結社「血盟団」を結成し、性急な国家改造計画を企てた。その方法として彼が考えたのは、政治経済界の指導者をテロによって暗殺してゆくというものであった。「紀元節前後を目途としてまず民間から血盟団が行動を開始すれば、これに続いて海軍内部の同調者がクーデター決行に踏み切り、天皇中心主義にもとづく国家革新が成るであろう」というのが井上の構想であった。
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★宗教とは世界に様々ある!という考えは間違い。太陽系に太陽が一つのように、今も昔も宗教(太陽神と結びつくの意味)は一つのみである。しかし1日24時間のうち、太陽が頭上にある時と、太陽が隠れる時(夜)に分かれ、春夏秋冬の四季があるから、宗教は様々あると攪乱してしまう。本質は内なる太陽神と結びつくことが宗教の本質である。



★鬼道以外の、例えばイエズス会のような人間が創作した神とはニセモノ。そして古代オリエントではその太陽神をバアルと呼んだ。また日本ではバアルを鬼と呼んだ。本物の太陽神が第一に存在するが、太陽が隠れた夜が来ると、人間が政治的に創作した偽の神が人々を支配するようになる。鬼であるバアルの反動の書が旧約聖書であり、旧約聖書を信じる者たちがユダヤ人である。



★歴史的に解釈してユダヤとは賤民である。太陽神に逆らう者たちが賤民に堕ちる。金を心底崇拝する者、ウソを言う者、ウソの神を信じウソの思想を信じる者、マスゾエ化する者、などと表現しよう。今は夜から朝に変わる時で、太陽神は裁きの存在として世界に出て来た。「人間を裁く存在」だから鬼は怖いと古来から言われるのだ。



★宗教的テロリストは鬼に憑依された者たちである。彼らの行動は不条理であり、論理的には納得できない。鬼のやることは人間には理解不可能である。鬼とは欧米では髑髏で表現される。日本でも髑髏で表現されているが。理不尽に人間を殺す存在があることを古来から人間は知っていた。それを鬼と古来から言ったのだろうが、鬼を理解する知恵者は般若の知恵を持つ者である。


般若のお面


★鬼とは常に『 奇 』の存在である。ISの行動こそが『 奇 』であるが、今回のダッカでの7人のISの襲撃犯のうち、6人はすでに死んでしまったこともさらに『 奇 』である。自爆テロする者たちは「鬼(カミ)との一体化」しか考えてない。



★血盟団事件の井上日召は中学生の頃はクリスチャンであり、19歳の時に入水自殺をして、その後、満州に渡り大陸浪人となり、帰国して日蓮主義者となり、その後、血盟団の首謀者のテロリストとなり、81歳まで生きた。彼が結びついたのは『 鬼 』であっただろう。テロリストとして名を残したわけだ。そして彼のテロリズムは仏の行であったのだ。







3、戦後71年間の日本とは賤民社会


★戦後は戦前の反動。明治以来のイエズス会が偽装した天皇教の正体をかなり書いてきたが、戦後の自由・平等・人権・反戦平和という虚しい単語を崇め、唯一の生甲斐が金儲け!という戦後71年間の日本人こそが一億総賤民である。



★ある程度、お金があり、面白おかしく生きるのが最高!だと戦後71年の日本人は思ったかもしれない(デーブスペクターのように)が、鬼(カミ)が出現して、『 裁き 』の時代に入った。『 裁き 』の時代だから、テレビでは『 しくじり先生 』が流行り、芸能人や政治家が反省する時代となっているのだ。



★この世に自由はなく、平等はなく、ロクデナシは太陽神に殺されるのである。それを教えず、賤民に堕ちる単語の『 自由・平等・人権・反戦平和 』という偽りの単語をいつまでも唱えるから裁かれる!それが数字の『 6 』の人間である。夜の世界を支配するのは『 お金 』だが、夜が終わり朝になる時、金に執着する者たちは、太陽神(鬼)によって裁かれるのである!



★パナマ文書がロンドン市のシテイオブロンドンを攻撃して、その結果、キャメロン首相が大転落して、英国はEUを離脱したことは、シンボル的な現象だ。金を崇拝する賤民の時代に終わりが来た!という意味だと思う。



★これから、金があるだけで偉いと思っている者は必ず転落する。金は滅びの元であるからだ。魂を金のために悪魔に売る者!それが賤民であるのだ!






4、高倉健のヤクザ映画は宗教テロリストの映画であった!


https://ja.wikipedia.org/wiki/高倉健

https://www.youtube.com/watch?v=Iri0IP_T4GY
唐獅子牡丹  高倉 健



★今考えると、高倉健のヤクザ映画とは宗教的テロリストの映画だったと思う。髙倉健が流行ったのは、1960年代後半から1970年代の前半だったと思うが、あの映画の根本にあったのは血盟団事件のイメージあったと鷲は推理する。ヤクザは偽装にすぎない。あの高倉健の映画を創作した者たちは無意識に血盟団事件のインスピレーションを得ていた。



★高倉健の映画のストーリーは殆ど忘れたが、高倉健がある時期、日本中の『 男の中の男 』であったことは、小学生の頃の鷲にも解っていた。物語は任侠というヤクザの世界であったが、実は、あの高倉健は『 宗教的テロリスト 』を描いていたのである。『 男の中の男 』の美学とは宗教テロリストの美学であったのだ!



★血盟団事件☛5,15事件☛2,26事件☛「1970年11月25日の三島由紀夫の切腹」の流れだと鷲は見る。そして血盟団事件の残照イメージが戦後の1960年代から1970年代の高倉健のヤクザ映画に昇華されたと鷲は見る。






5、どうして犬のように殺されるのか?


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http://www.geocities.jp/hinomanabu/bungaku/sinpan.html
『審判』(しんぱん、Der Process)は、フランツ・カフカの長編小説。1914年-1915年執筆。理由の分からないまま裁判を起こされた男ヨーゼフ・Kが、様々な立ち回りもむなしく無残に処刑されるまでを描いている。生前は発表されず、死後1927年にマックス・ブロートによって編集・公刊された(ただし作中の一挿話のみ、生前に「掟の門前」のタイトルで独立して発表されている)。結末部分が書かれているものの、途中の章は断片に留まっており全体としては未完の作品である
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★今回のダッカでの襲撃事件で日本人の7人が殺されたが、それは「何も悪いことはしてないのに、ある日突然逮捕されて、犬のように処刑される」というカフカの小説「審判」が現実に起こったような事件だ。



★聖戦のために生きるIS戦士と金儲けのために来ている外人の日本人は存在(ピーイング)が違う。戦後憲法の自由・平等・人権・反戦平和主義という妄想の単語をフラフラと信じ、金儲けだけが目的の人生と、アラーの神のために命を捨てる戦士たちとのぶつかりであった。異界のぶつかり。



★日本人の7人は死んだが、ISのジハード戦士の7人の中の6人もすでに死んでいる。死神の『 13 』に支配された事件ということで理解できる。


聖戦(ジハード)VS金儲けの日本人



★日本人は戦後憲法のタワゴトである単語と金儲けを捨てて、古来からの本格的な伝統的な価値観を必死で取り戻さないと『 犬のように死ぬ 』ことはこれからも多いだろう。戦後カルト、戦後憲法教から一刻も早い解脱が必要である。そして金儲けだけのために生きる賤民に堕ちてはならない。戦後71年間、日本人は全て、魂を金のために悪魔に売った賤民に堕ちてしまった。



★今回の日本人とジハード(聖戦)とのぶつかりは、刺激があることだ。が、まだ事件が起きたばかりで解答を出すのは早いだろう。確実に解っていることは、『 金儲けだけが生甲斐 』の人間は、一番最低の賤民だということ。ジハード(聖戦)で生きる者の方が上だということ。









by xuzu9851 | 2016-07-04 12:38 | Comments(0)